滋賀県高島市マキノ町にある称名寺では、戦争中に供出された金属の代わりに、コンクリートで作られた特異な梵鐘(ぼんしょう)が鐘楼につるされています
この梵鐘はひび割れや剥落がある表面にも「大東亜戦争」と刻まれ、戦争の名残を残しています
実は、1941年に施行された「金属類回収令」によって、全国の寺院は青銅製の梵鐘を手放さざるを得なかったのです
この法律の影響で、およそ9割の梵鐘が失われたとされています
代わりに各寺院は、鐘楼が倒れないようにと石やコンクリートの塊を使って梵鐘を補うことになりました
高島市内でも、いくつかの寺院でこのコンクリート製の梵鐘が確認されています
称名寺の梵鐘には、「昭和十七年十二月八日」と軍隊にちなんだ「應召代」という文字が見え、当時の状況を物語っています
歴史的な写真も残っており、日章旗をまとった梵鐘と僧侶が並んでいる様子が見て取れます
檀家の出口正孝さんは、「各地区に一つずつ梵鐘が残されたと聞いたことがある」と語り、父親が「鐘の音が聞こえると悲しかった」と振り返る姿が印象的です
この寺は現在、住職がいなく、檀家が管理している状態ですが、春秋の彼岸やお盆の時期には多くの人々が集まり、子どもたちの遊び場として賑わいます
戦後には、一度青銅製に戻そうと試みられるも、その高額さから断念された経緯があります
現在、このコンクリート製の梵鐘は、文字通り鳴ることはありませんが、戦争によって駆り出された庶民の信仰の象徴として、私たちに語りかけているのです
コンクリート製の梵鐘は、青銅製の梵鐘が戦争中に供出された代わりとして各寺に設置されたものです。特に1941年から施行された「金属類回収令」により、多くの寺院は梵鐘を失い、代わりに石やコンクリートで作られた鐘が残されたのです。社会的な変化が生じたこの時期、信仰のシンボルである梵鐘がどう変わったのか、今、私たちにその教訓を伝えています。
- 金属類回収令は、戦争に伴い日本国内で金属資源を集めるために出された命令です。これによって多くの寺院が青銅製の梵鐘を失いました。
- 梵鐘とは、寺院において仏教の儀式などで使用される鐘のことです。特に宗教的な意味を持ち、信者の心を整える役割を果たします。
- 称名寺は、高島市マキノ町にある寺院で、地域の人々にとって信仰の場となっています。独自の歴史があり、現在も多くの檀家が管理しています。
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